テレビ番組「25歳~情熱の起点~」に出演の小幡和輝さん。
小幡和輝さんは、高校生ながらにして起業してしまったスーパーマンです。
バイタリティあふれる小幡和輝さんですが、過去には不登校の経験も持っています。
しかもその不登校歴がすごすぎるのです…!
小幡和輝さんの経歴や不登校の理由などをまとめています。
小幡和輝の大学は?
小幡和輝さんは国立大学の和歌山大学観光学部出身です。
ベネッセのサイトであるマナビジョンによれば、和歌山大学観光学部の偏差値は59です。
和歌山県大学全体の偏差値が52~66なので、学部内では偏差値が高い方の学部ですね。
ちなみに2020年の観光学部の卒業生の主な進路先はこんな感じです。
1位が卸売業・小売業、2位が情報通信業、3位が運送業・郵便業と同率で生活関連サービス業・娯楽業となりました。
小幡和輝さんの場合は高校生の時に起業してしまっているので就職はしていませんが、仕事内容としてはイベントのプロデュースやメディア出演や企画の立ち上げなどです。
一応大学がどの辺にあるのか地図を載せておきます。
小幡和輝の経歴は?
小幡和輝さんは国立大学を出ているので、さぞかし最初から毎日学校に行ってまじめに勉強に励んでいたできすぎ君だったのでは?と思うかもしれませんが、実はそんなことはありません。
小幡和輝さんは、それはそれはなが~い不登校生活を送っていた経験があります。
(それが今の仕事にも繋がっているのですが…)
小幡和輝さんの経歴としては、
- 幼稚園(この時点で幼稚園に通うことがあまり好きじゃなかった)
- 小学校(小2まで登校、小3から不登校気味)
- 中学校(卒業まで不登校気味)
- 高校(嫌々夜間学校に通う、高2で衝撃な出会い→起業)
- 大学(国立大学進学)
という感じです。
経歴としては一応幼稚園から大学まで通ってはいるのですが、驚くべきは幼稚園の頃から不登校症状の前兆が出ていたことです。
小学校へ上がり、一度は学校へ通ってはみるものの、小3の頃から中学卒業までは不登校気味でした。
高校は夜間学校に進学しましたが、いとこが通い始めたり、小幡和輝さんのことを心配してくれていた先生がその学校にいたりしたこともあって、嫌々進学しました。
長い不登校気味の生活で人と話すことに対しておっくうになっていた小幡和輝さんでしたが、高校2年生の時にスーパーマンと出会います。
その人は小幡和輝さんの1つ上の学年の先輩だったのですが、文武両道どころか、アルバイトや生徒会、さらにはバンドを組んでライブまで企画してしまうようなハイパーマルチタスクマンでした。
そんな先輩に自分もいつかこうなりたいと憧れを抱き始めた小幡和輝さんは、先輩のライブを手伝うようになりました。
そうしていくうちに引きこもり気味だった性格が、だんだんと人と打ち解けられるようになっていくのでした…。
それから和歌山県の魅力について発信したいと考えるようになり、若者に和歌山の魅力を発信すべくイベントを企画し、高校3年生の頃には起業までしてしまいます。
ちなみにこの時、小幡和輝さんは高校生社長と呼ばれていたそうですよ!
その後和歌山大学に進学しながらも、SNSを駆使して発信を続け、最近ではメディアにも多数出るようにまでなりました。
SNSでは自身の不登校の経験を生かして、「#不登校は不幸じゃない」「#ゲームは人生の役に立つ」などインパクト大なハッシュタグで発信をしています。
小幡和輝の不登校歴がすごすぎる理由は?
今ではとっても輝かしい活躍をし続けている小幡和輝さんですが、不登校歴はなんと10年にも及びます。
一体なぜここまでに不登校になってしまったのでしょうか?
その理由は、小幡和輝さんのブログにありました。
学校に行かなかった理由はいろいろあって、そもそも勉強が好きじゃなく、集団行動も苦手で、あとはいじめもありました。学校に行ってない時間はひたすらゲームをしてました。毎日が本当に楽しくなくて、ゲームの世界に現実逃避をしていたのかもしれません。ちなみにゲームは1日10時間以上。トータルで3万時間くらいやりました。
引用元:https://style.nikkei.com/article/DGXMZO39031180X11C18A2000000/
まとめると、
- 勉強が好きじゃなかった
- 集団行動が苦手だった
- いじめられていた
- 毎日が楽しくなかった→ゲームで現実逃避
これらの理由によって長い間不登校になっていたんですね。
学生生活の大部分を占めると言っても過言ではない集団行動が苦手となると、かなり苦痛ですよね…。
それに加えていじめもあったようで、毎日楽しくないのはたしかにという感じもします。
それでもなんとか中学卒業までできたのは相当頑張ったのでしょうね。
その後無理矢理通っていた夜間学校では、素敵な出会いもあり今の生き方にも繋がっているので、個人的には先輩との出会いが人生のターニングポイントだったのではないか?と思います。
人って本当にいつ何があるかわからないですね…。
小幡和輝さんがこれまで辛い中努力を続けていたから、当然の報いなのかもしれません。
小幡和輝さんのハイセンスなワードセンスや企画力は、今後どのように拡大していくのか、注目です。